2012年08月01日

ギリギリの女たち

生きるってことは、馬鹿野郎だよな。
震災前も後も、相変わらず馬鹿野郎だよな。

だけど、あの地震があったことで、如何に自分が馬鹿野郎かということをはっきりと自覚できたんじゃないだろうか、あの圧倒的な死をテレビで見た圧倒的大多数の人々は。様々な場所に立って今生きている人々は、自分の馬鹿野郎さ加減を自覚しなきゃダメだと思う。馬鹿野郎なのは、東電だけじゃない。しかし、東電は自分が馬鹿だということを全く自覚してないから絶望的だ。俺は自分の馬鹿野郎さ加減に泣けてくる。だから、絶望はしていない。

以上のようなことを、映画『ギリギリの女たち』を観て、感じた。

三女の説教臭さに「ちょっとヤバイぞ、これ」と思ったけど、二女と長女の心の病気に救われた。特に長女の気狂いさが、映画の説教を飛び越えて、俺の身体に触れてきた。

渡辺真起子が、気狂いで、カッコよかった。
posted by W-TV OFFICE at 00:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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